4.定性調査を記録することの難しさ

音声や発言の記録では事実を把握するためには情報不足

グループインタビューや会議、取材などで記録のために、ICレコーダー、ボイスレコーダーを使うことが多いかと思います。しかし、ボイスレコーダーは情報収集としては不完全です。なぜならICレコーダーは、口から出た言葉しか拾ってくれないからです。
例えば、「この商品についてどう思いますか?」という質問に対し、ある人が天井の方を見ながら間を開けて「あ、とても良いと思います。」と言ったとします。その現場にいてその人を観察していれば、「あっ、なんか、イヤイヤ言ってるな。お世辞だな。周りの人に合わせたのかな?」と感じられます。しかしICレコーダーに録音したものをきいただけだと、回答者の表情はわかりません。心から良いと思っていると判断してしまうかもしれません。注意深くきいていれば、話し始めるまでの間の空き方に微妙な心の機微を読み取れることができる場合もあるかもしれません。

ICレコーダー

しかし、これが発言を起こした発言録というかたちになると、この喋り始めるまでの「間」さえも記録されなくなってしまいます。言葉づらのまま記録されてしまうため、「本当は良いと思っていなさそう」ということは記録されず、「良い」と言ったという事になってしまいます。発言録を読んだだけのマーケターには、「やっぱり、この商品は良いと判断されるんだな。」と考え、商品化しようという方向になってしまうかもしれません。

動画の記録では情報の洪水、仮説づくりがすすまない

では、対象者の表情が記録されていれば役に立つのでしょうか? 以前、VTRで失敗したケースをご紹介しましょう。主婦のキッチン行動、調理行動を観察するために、家庭のキッチンにビデオカメラを3台設置し、約2時間の行動を録画しました。
目的は、記録したVTRをデジタルデータベース化して、取り出したい生活シーンを一発で検索、見ることができる「生活シーン観察用のデータベース開発」でした。しかし、そのプロジェクトは失敗に終わりました。
3方向から撮映したVTRを、依頼主のマーケターたちは、目を凝らして各2時間×3本=のべ6時間もかけて「じっ」と見つめてみたのですが、そこから何の発見もできなかったのです。それは、あるマーケターの発言に象徴されていました。「な~んだ、うちの嫁と同じような主婦が料理しているだけじゃないか。これじゃ使えないな」でした。映像に加え、音声、動きまでを加えたVTRであっても、イマジネーション(=仮説づくり)が進まなかったのでした。やはり、人がその場で観察するのが一番であり、その記録方法としては観察者の視点で切り取られた定性情報の方がイマジネーションは拡がるのでした。

ICレコーダーよりも、発言録よりも、VTRよりも仮説生成に役立つのは「人による観察データ」です。人間の事実観察力です。ある資料によれば、状況を観察し、把握する時に、脳細胞は数千万個を一気に使用するとも言われています。こんなに優秀で柔軟な「人」という観察装置をマーケティングに活用しない手はありません。

VTR

実際のマーケティングの現場における「記録」

このように、調査を行う際には「どのように記録するか」が大切です。記録の仕方によっては役に立たなくなってしまうからです。例えば、グループインタビューの発言録であれば、発言をそのまま記録するのではなく、その人の身振り手振り・話の流れから、主語述語を補っていく必要があります。(人は意外と、主語がないまま話したりしているため、発言をそのまま記録してしまうと、その場にいなかった人には、意味が通じなかったりするものです)。
また、グループインタビューの録画の際には、参加者の表情がしっかりと映るようにすることが大切です。技術が向上し、参加者がどのような表情で話しているのかまで、しっかりと記録できるようになってきました。しかし、一方で個人情報保護の観点から、録画したDVDの管理が厳しくなってきています。しっかりとした管理体制がとれない場合には、動画の記録ではなく、原点に立ち戻り、しっかりとその場で「人」という観察装置を活用するのが大切です。グループインタビューであれば、バックルームから参加者の表情をしっかりと見てインタビュールームの空気感を感じたりすることが大切です。そして、時にはターゲットの生活現場に飛び込むことで、生活の様子を肌で感じ、その空気感を感じたり生活感を感じることが大切なのです。